畜産技術/技術酪農

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乳牛の居心地を考えたことありますか(後編)

畜産技術振興センター技術指導課 藤田 雅彦

 前号では、乳牛の居心地がいかに生産性と関係があるかということについて書きました。乳牛は特定の場所に囲われたり、繋がれて一生を過ごします。牛舎環境の欠陥は小さなことでも毎日毎日、確実に乳牛に作用します。
 例えばこんな例があります。ある牛群で牛が痩せていて思うように乳量が出ませんでした。注意深く観察すると、後肢の飛節やつなぎ部分に変形のある牛がなんと半数以上もいました。牛床はゴムマットを敷いてありますが、ちょうど牛が立つときの後肢の位置にたわみがあって水(尿)が溜まりやすく、いつも濡れていて、起立の際に脚を滑らせていました。牛が正常な姿勢で起立行動をとれないと、変な角度で脚を踏ん張ったり、滑って衝撃を受け、その負担が関節にかかります。毎日繰り返されるその負担が脚を痛めつけていたのです。
 このような乳牛にかかるストレスをできる限り少なくしてやれたら、病気や事故が減り、繁殖や乳生産が良くなり、結局は人間を楽にしてくれることにつながります。紙面の都合であまり詳しくは書けませんが、既存牛舎の改善方法の一端について紹介します。

●換気
 牛舎環境の様々な要素の中で実は換気が最も重要です。夏の暑いときは誰でもファンを回して送風しますが、換気と送風とは違います。換気は舎内のアンモニアなどの有害ガスを含む汚れた空気を速やかに排出して、酸素をたくさん含む新鮮な空気と入れ替えることです。動物は餌から取り込んだ有機物を分解する時に酸素を利用し、生命活動に必要なエネルギーを取り出します。これが呼吸です。乳牛にとって、餌だけでなく酸素も重要な牛乳生産の原料です。
 換気には自然換気と強制換気があります。まず自然換気を最大限に発揮させ、さらに足りない換気量を強制換気で補います。繋ぎ牛舎の自然換気は牛舎を横断する横断換気が主となるので、特に暑熱期には牛舎側面の開放部分をできるだけ多くします。窓は開けるだけでなく、はずせるなら取ってしまいます。窓が牛の鼻面よりずっと高い位置にあるなら、壁に穴を開けて、とにかく鼻先に新鮮な空気を届ける工夫が必要です。
写真1  強制換気は換気扇を用いて強制的に換気する方法ですが、空気が一定の道筋を流れるように設置することが大事です。一般的な設置方法を図1に示しますが、風が吹いてくる方向を入気側にして排気用換気扇との両方で空気の流れを作ります。どちらか一方だけでは不十分です。それからもうひとつ大事なことは、夏が終わったからといって換気扇を片づけていませんか。冬は牛舎を締め切るので換気が悪くなります。インバーターをつけて低速回転で回し、一年中換気できる牛舎が生産性を上げる牛舎です。
 最近、優れた換気方法として普及しつつあるのがトンネル換気です。写真1のように何台もの大型換気扇を牛舎の縦方向の片側のみに取り付けて強力に空気を排出し、側面は完全な閉鎖構造にして、開放した反対側から縦方向に空気の流れを作る方法です。設置費用と維持費はかかりますが、真夏も含めて一年中牛も人も快適になります。

図1

写真2 ●牛床
 牛床の備えるべき条件は、ソフトで乾いていて清潔であることです。どんな牛床が快適か、牛に様々な素材の牛床を自由に選ばせると、牛は砂の牛床を最も好みます。最近、繋ぎの牛床を砂にしてしまった牛舎を見る機会に恵まれました。写真2ちょうど子供の砂場の上に牛がいる感じです。砂の快適性には半信半疑でしたが現物を見て驚きました。普通当たり前のように見られる飛節の傷や腫れや蹄の上の腫れが全くありません。牛は本当に楽そうに起ち上がり、寝るときには自信を持ってお尻をストンと牛床に落とします。乳頭損傷もほとんどなくなったそうです。無機物の砂は細菌が繁殖しにくいので、乳房炎も減り、体細胞数も10万前後でした。誤解しないで欲しいのは、牛床は砂にしなければならないと言っているのではありません。砂にはバンクリーナーの摩耗を早めたり、糞に混入して重量が増えるという短所もあります。牛床の質がいかに大事かということが重要な点です。
 さて、滋賀県でやるならどうするか。コンクリート剥き出しではまずいし、かといって大量に寝ワラを投入することも難しいでしょう。以前は、滑りやすいゴムマットの欠点を改善したものとしてはNOSAIの滑走防止マットくらいしかありませんでした。しかし最近、牛の快適性に配慮した様々なマットが市販されるようになりました。
写真3  写真3は廃タイヤのゴムを押し固めたマットレスです。5cm厚みがあり、重さは80kgります。表面のきめの細かいものから荒いもの、2cm程度の薄めのものなど数種類あります。ほかに、キルティング加工した袋の中に廃タイヤのゴムチップを詰めたチューブ式マットレスもあります。値段は1万5千円から2万5千円までと幅があります。これらは登場して比較的新しいため、耐久性には不安な点もありますが、実際に使用したところ、まず脚が滑ることはなく、快適性は非常に優れているようです。
 ここでもう一度砂の話に戻ります。乳牛は分娩を境に乾乳牛から泌乳牛に変貌します。お産という大仕事と同時に起こる体と管理の急激な変化のストレスに耐えられないと、それが事故や病気、繁殖や乳生産の不調を引き起こします。すべての牛床を砂にしなくても、一番大事なこの時期だけでも、砂の上で楽に清潔に分娩できる分娩房を設置するという方法も一考の価値があるのではないでしょうか。

●飼槽
 牛の舌を触ってみられたことがあるでしょうか。ざらざらしています。前歯のない牛は草をざらざらした引っかかりのよい舌で巻き取るようにして食べるからです。ですから飼槽面が滑らかでないと舌が痛くて採食量が下がってしまいます。
 飼槽をツルツルにする良い素材としてはふたつあります。ひとつはレジンコンクリート(レジコン)と言われるもので、セメントの替わりにプラスチックを使ったコンクリートです。非常に固くて、長年使用してもクラックが生じにくく、サイレージなどの酸による腐食も受けません。飼槽の素材として抜群ですが、1頭当たり1〜2万円とやや高価です。
 もうひとつは、樹脂を塗布してコーティングするものです。飼槽の傷みの程度や塗布する範囲によって差がありますが、だいたい1頭当たり6千円から1万円くらいです。先日当センターの牛舎でも飼槽にコンクリートを流し込んで飼槽面を牛床面から10cm程度高くして表面に樹脂コーティングをしました。関心のある方は見に来て下さい。

●繋ぎ方
 現在最も良いと言われている繋ぎ方式がニューヨークタイストールです図2。北海道でも本州でも先進的な酪農家が採用し、普及しつつあります。これは、ません棒の替わりに水平パイプを牛床から80〜90cmの高さで飼槽と牛床の境から40cm前後前方に設置して、その水平パイプにチェーン1本で繋ぐという繋ぎ方です。ません棒と違って、牛が自然に立った状態でも採食の時にもパイプが牛の行動を制限しません。
 首の自由度が高いため、この方式と併せて牛床にソフトな素材を採用すると、前膝をついて首を低く前方に突き出して反動をつけて立ち上がるという牛本来の起立動作を自然に行うことができます。寝起きが楽になり、よく寝て反芻するようになれば飼料効果が上がり、乳房を流れる血液の流が増加して牛乳生産効率が上がります。併せて飼槽面を牛床より上げてツルツル仕上げにして、牛床との間に間仕切を設ければ、サイレージや混合飼料などのウエットな餌も簡単に変敗しにくく、乾草も牛床に引き込まないので思い切ってたくさん与えることができます。後は餌寄せ、掃き込みという採食刺激になる作業を何回もしてやれば、牛に餌をたくさん食べさせることができます。
 短所は、一本チェーンで繋ぐと首が自由になる分盗食しやすくなることで、グループ分け管理が必要となってきます。また、前方や横方向へも自由度が高くなるため、牛床内で糞尿を落とすので牛体が汚れやすくなります。サイドパーテーション(仕切柵)が必要ですし、排泄行動をコントロールするためのカウトレーナーも必要です。実際には、敷き料が豊富にあって除糞作業が苦にならない人はカウトレーナーなしでやっているようです。結局、この方式を採用すると全部いじる必要が出てきて大変ですが、やってみれば非常に効果が大きかったという体験談を聞いています。

●給水
写真4  案外これが乳量の制限要因になっている牛舎が多いのではないかと思われます。水の出が悪いウォーターカップをよく見かけますし、それを強い牛が独占していつまでもすするように飲み、隣の牛は飲むことを諦めているといった光景をよく目にします。水がスムーズに出るように配管を太くしたり、水圧を上げたり、あるいは1頭に1個ずつウォーターカップを配置する事が必要です。しかし、それでも牛が本当に求めている飲水量を供給することは難しいのではないかと思われます。フリーストール牛舎の牛が水槽で水を飲んでいる姿を見てそう思いました。水槽の水を極太のホースで吸い上げるように、ズィーッ、ズィーッと何回も飲むのです。
 この様な光景を見て、繋ぎ牛舎で水槽から水を飲ませようと発想したアメリカ人がいました。それが連続水槽です写真4。まだわずかですが、いち早く北海道や本州の酪農家が取り入れています。前項で説明した繋ぎ方の水平パイプの上に幅20cm、深さ14〜18cmの大きな樋を設置します。牛が水を飲んで水位が下がるとフロートが下がって水道管の弁が開き水が流入します。その効果はいかがなものでしょうか。何人もの酪農家の経験を直接間接に聞きましたが、いずれも平均乳量が2〜3kg増えたそうです。本当だったらなんと魅力的な画期的な設備でしょうか。ちなみにステンレスを使った場合の相場は1頭当たり2万円ですが、写真の水槽は一番薄い安いステンレス板を使って1万2千円だったそうです。
 このような見方で牛舎を眺めてみると、あなたの牛舎にももっと収益を上げる可能性が秘められていると思いませんか。牛舎改造には多少の投資が必要ですが、収益に反映する可能性の高い投資です。詳しく知りたい方や自分の牛舎の問題点をチェックしてみたいと思われる方は、技術指導課までおたずね下さい。

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