畜産技術/技術酪農

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乳牛の居心地を考えたことありますか(前編)

畜産技術振興センター技術指導課 藤田 雅彦

健康な1万キロ牛群  乳牛の居心地については、実は私自身も最近まで考えたことがありませんでした。県内の多くの牛舎で飼われている状態を見て、それを当たり前のように思っていました。
 しかし、広く県内外の成績優秀な農家を見る機会が増えるにつれて、それらの農家には共通の特徴があることが分かってきました。牛群の雰囲気が違うのです。見知らぬ訪問者に対して機敏に反応して、好奇心溢れる眼差しを向け、その表情は実に賢そうに見えます。ゆったりと落ち着いて、体に汚れや傷がなく、体型の崩れがありません。そしてはっと気がつきました。それらの牛舎には、明らかに牛にストレスを与える要素が少なく、牛が居心地よく暮らしていたのです。

乳生産と病気と乳牛の食い込み
 現在、牛群検定の305日乳量の全国平均は8500sです。乳量6000sの時代とは乳牛がのように変わってしまいました。分娩後、乳量は1週間も経たないうちに30sを越え、ピークに向かって驚くほどのスピードで上昇します。このとき栄養が足りないと、わずかひと月のうちに牛は激痩せして、乳量はダウン、発情が来ない、ひどいと第四胃変異、ケトーシス、脂肪肝などの病気が発生します。
 この大事な時期を乗り切るには、できる限り栄養摂取量を増やしてやらなければなりません。しかし牛は反芻動物ですから、必要な栄養を濃厚飼料で供給しようとするとたちまち失敗してしまいます。有効な方法は粗飼料を食い込ませることしかありません。
 ところが、本県では牛が食べたくても食べられない条件がたくさん見られます。何が粗飼料の食い込みを妨げているのでしょうか、それを以下に具体的に紹介します。

コンクリート・ロストルの床は脚が痛い 牛床
 乳牛に自由に採食させると、30分食べては1時間半横臥して反芻を行うという行動を1日に11回前後繰り返します。何回にも分けて餌を食べ、食べたら横になり、反芻に専念します。これが乳牛本来の姿です。
 牛は、前膝をついて頭を大きく前方に突きだして重心を移動させ、後ろ脚から立ち上がります。この時、前膝には相当な重量がかかっています。もし、牛床が硬くて立つときに脚が痛かったり、滑りやすいと、牛は寝起きする回数を減らし、食い込み量が減少します。脚を痛めた牛を見てください。必ずと言ってよいほど痩せています。脚が痛いと餌を食べるどころではないのです。
 牛にとってコンクリート剥き出しの牛床はとても苦痛で、従来のゴムマットもクッション性が十分ではなく、濡れていると非常に滑りやすく、牛は好きではありません。
 また、牛は寝起きの際に脚が痛いと、立ち上がった後なかなか横になりません。乳腺を流れる血液は、立っている時より横になっている時の方が20%以上も多いとの報告があります。乳は血液から作られるので、血流量の減少は乳量に大きく影響します。
 フリーストールにおいてもベッドの快適性は生産性に大きく影響します。採食もせず目的もなしに立っている牛やベッドの端に前足だけ乗せて寝ることをためらっている牛が多かったら、ベッドの構造、素材を見直さなければなりません。

深い飼槽は食べるのが大変 飼槽
 牛に2種類の乾草を与えたとき、どのように選択するかを試してみたことがあります。牛は臭いをかぎ、迷わず片方を口にしました。それを手にとって嗅いでみると、牧草地の快い香りがし、食べなかった方は埃っぽい臭いがしました。牛は臭いに敏感です。
 飼槽の表面が傷んでデコボコになっているのをよく見ます。残った食べカスが異臭を放ち、牛の食欲を減退させます。もし、それでもきれいに食べ尽くしていたら、それは与えている餌の量がよほど少ないためで、飼槽の問題以上に深刻です。
 また、肩の開いた牛もよく見かけます。飼槽面が牛床面よりも低いと、牛は不自然な格好で食べざるを得ず、次第に肩が開いてきます。食べにくい飼槽は、餌をたくさん食べなければならない肝心なときに食い込み量を低下させてしまいます。

繋ぎ方
 繋ぎ牛舎では、一般にません棒で前方への行動を制御していますが、首にコブのある牛が多くいます。いつもません棒に当たっているからですが、このコブを触ってみたことがあるでしょうか。ブヨブヨとした感触で牛も別に痛がりません。このコブの重要な意味は、遠くの餌を食べようとして常に苦労しているということです。実際、常に口の届くところに豊富に餌をもらっている農家の牛には、首に毛の擦り切れやコブは見あたりません。

給水
 飲水量の不足も餌の食い込みを低下させます。乳量30sの乳牛は1日133lもの水を飲み、1回当たり8lもの水を一気に飲みます。飲水は搾乳後や採食後に集中するので、2頭に1個のウォーターカップの給水能力では高乳量の牛の要求には応えられません。
 水が汚れていたり、乾草などがつまっていると飲水が制限され、餌の食い込み量が低下します。ある農家で断水したとき、乳量がガタ落ちになりました。たかが水と侮れません。

換気
 暑熱時には誰でも扇風機で送風を行いますが、本当に重要なのは換気です。
 乳牛の行う代謝活動は驚異的と言わざるを得ません。平均乳量30sの50頭の牛群は、1日増体量1.5sの肉牛360頭分の代謝活動に相当するといわれています。
 代謝量が大きいほど大量の酸素を必要とし、体から大量の熱と水分が発生します。最盛期の牛が風通しの悪い空気のよどんだ場所にいては仕事はできません。

乳牛の社会関係
 繋ぎでもフリーストールでも社会的立場の弱い初産牛が怖い経産牛に囲まれて萎縮している場合が見られます。初産牛を1牛床空けて繋いだり、初産牛だけの群構成をしただけで採食量と乳量が増えることが、初産牛の受けているストレスを裏付けています。

乳牛と人の関係
 牛舎に入ると牛が一斉に立ち上がってバタバタと糞をする牛群があります。一方、人が近くに寄ろうが悠然と座ったまま反芻を続ける牛群があります。前者の牛は明らかに緊張しており、後者の牛は人を怖いと思っていません。牛を怖がらせたり緊張させると明らかに乳量が減ります。牛と飼養者との信頼関係が生産性を左右します。

乳牛は生き物
 酪農は生命産業です。乳牛がストレスから解放され、生命体として元気であってこそ生産性が上がります。体は大きくても、私たちと同じように痛いことは嫌ですし、まずい餌は食べたくない、乱暴にされたら怖いと感じます。もっときちんと乳牛を生き物として見てやる必要があるのではないでしょうか。特に女性の方々には、同性として男性にはない感性で乳牛たちを見てやって欲しいと思います。

 次号では、今回いろいろと挙げた問題点を改善して乳牛に快適性を与え、その結果生産性が上がる方法について紹介します。

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